イラク戦争とは何だったのか

イラク戦争によって何が生まれたのか

イラク戦争によって何が生まれたのか

引き起こされた最悪の事態

イラク戦争により、現政権を打倒すればきっと平和になると誰もが信じていたこともあったでしょう。テレビを見ている人はそう少なからず思ったでしょうが、筆者はどうしてもそう思えなかった。淡々と見ていたからなのかは分からないが、成人こそしていなかったが主観的に物を見るのではなく客観的に物事を捉えていたからか、戦争をすれば平和になるなどと誰が言ったのかという疑問に当たる。まさしくその通りだった、テロリズムによりアメリカへの攻撃が行われ、激昂して世界を巻き込んだ超大国の発言力に各国が乗せられて戦争を、と乗り気になります。首謀者を匿うイラクにしては証拠もないのに戦争だなんてお門違いという、とても冷静な判断を下していたのかもしれません。

やがて戦争が長期化し、イラク国内の人々も疲弊するが、同時に派遣された軍人たちにも疲労の色が隠せなくなっていった。また長引く戦闘行為に、現地にいる軍人たちは必然と元の日常生活が恋しくなるのは自明の理。そんな日々に早く帰れるようにと望んでいたが、一向に終わる気配もない。日本人の、自衛隊員もそう感じていた人は少なくないはずだ。

積み重なっていったストレス、その裏側で何が行われていたのかがニュースで報道された時に筆者は戦争がもたらすのは狂気しかないと、改めて思い知らされた。

米軍による捕虜への虐待

2004年、このニュースを見たとき目を疑った。いくら戦争中であっても人道とは守られるべきだと少なからず考えていた筆者にとって、戦争という非日常がもたらす現実は人を簡単に狂わせるのだとしらしめた一端だった。たちまち全世界中を駆け巡ったその内容は、なんと捕虜として捉えていた人々を暴行し、または性的虐待を米兵がまるでストレス発散とばかりに行う写真が公開されたのです。映しだされた女性はなにかのアトラクションを楽しむようにくわえタバコをしながら笑顔で顔を隠されて全裸で立たされている男性捕虜を蔑むようなことをしていた。

中には女性や子供に対して、緊張感が続く中で少しでもストレスのはけ口として性的虐待を繰り返していたという。こんなことはおそらく昔も今も大して変わらない、肯定するつもりはないが捕虜となったら人間として扱われる方が奇跡に近いからだ。事実、虐待や拷問、処刑が行われる中で囚人たちは家畜同然に扱われていたという。

しかしこれ以上に信じられない、そして彼らにとってそれが何を意味しているのか理解しているのか問いただしたくなる行為を強要していたことも判明した。それは男性捕虜同士の同性愛行為をするように米兵が脅迫として行わせていたのだ。

イスラム教にとっての同性愛とは

イスラム教に少しでも知識のある人ならご存知かもしれませんが、信奉者たちにとって同性愛をするということは忌むべき背信行為として見なされていた。女性が結婚して初夜を迎える際に処女でなければならないと言われるくらい、男性同士や女性同士での性的交わりはイスラム教にとって禁忌とも言われている。これはキリスト教も例外ではないですが、イスラム教からすれば過ちを犯したものは家族が当然のように裁かなければならないとさえ考えているのだ。先ほど処女でなければならないといったが、もし結婚前に不貞行為をしている事がわかったらその時点で結婚どころの話ではなくなり、異端として殺害されるような世界だ。

同性愛というものについても例外ではない、それをイスラム教の捕虜に強いるとは彼らにとって死を意味する事になります。捕虜になったから何をしても良いわけではないのは当然として、こうしたモラル云々以前にアメリカが行った数々の囚人たちへの嫌がらせを飛び越えた犯罪行為は目に余る所業だった。

印象悪化は避けられず

この事件は本来なら表に漏れることはありませんでした。しかし見るに耐えず、こんなことをするために戦争をしたわけではないと考えた関係者による内部告発によって明かされた真実だったのです。アメリカが大義名分として正義を、自分たちの平和を打ち崩す存在を打倒すると吹いていたにも関わらず、末端の兵士たちが戦地で行っていたのは紛れも無い悪逆そのものだった。彼らからしたら敵、自分たちこそ世界を救う救世主だと言わんばかりの無法を働いていたというのだから、誰がそれを褒められるか。

戦争を知ることで

軍人たちにとって人間を殺す日々の中で見出した、自分たちよりも下になる人々を甚振ることで精神の均衡を保っていたと、そう分析も出来る。許されるものではない、ただ中には実際に戦争をしてみたい、強い人達と戦ってみたい、などといった好奇心だけで軍人を志望する人もいる。また愛国心、国のためなら鬼にも悪魔にもなれるといって自分たちは正義なんだと信じて疑わない人ほど、戦争という真実と直面して精神が消耗して、擦り切れるまで追いつめられるケースも少なくない。

事実、戦地に行ったがために精神病に冒されたという人も後を絶たない。