イラク戦争とは何だったのか

日本人を震撼させた事件

日本人を震撼させた事件

日本人がISILの人質として

ISという国がいかに脅威なのか、正直メディアなどで報道された頃は誰も興味という関心はなかったと言っても良いのではないか。日本、それこそ戦争とは無関係な国で暮らしていれば、遠い異国の地で銃撃戦が日々の生活音とまで称されるほど馴染み深いものになった世界など、想像し得ないものだ。だからこそか、日本人の若者の中にはISの思想に魅入られて参加しようと固く決意する人までいる。その人達が何を想って参戦しようとしているのかは、その心の中までは定かではない。やることもない、本物の戦場を見てみたかった、そんな単純明快すぎる理由が先行していた。

情勢悪化が危惧されているイラク・シリアを中心とした周辺諸国への渡航は、基本的に認められていない。もう10年近く日本人が中東地域に足を運ぶ用がないのならいくべきではない、そう外務省から通告されていた。そうした制止を振りきってまで渡航し、あまつさえ戦場とは一体いかなるものか理解していないまま、拘束・拉致されてしまった事件も起こっている。中でも2015年に起きた日本人が2名拉致された事件は、誰もが記憶に新しいはずだ。

日本人が拉致され、そして

2014年にその事件は起こった、突如としてインターネットの動画サイトに投稿されたその映像は、日本人と思しき男性が拘束されて尋問を受けているものだった。男性の名は『湯川遥菜』と呼ばれ、そのまま男性はISILにより人質としてその身柄を拿捕されて行方がわからなくなっていた。やがて政府へと日本人が人質になったという連絡が行き渡り、事が深刻であることを意味している。だがこれをさらに悪い方向へと進展させてしまった事態があった。それは、湯川氏と面識もあり、かつてシリアなどで助手として活動を援助していたジャーナリストの後藤健二さんが湯川さんを助けようとしているという。

国はいち早くその情報を掴んで渡航は控えるよう促すも、国からの要求を振りきって単身ガイドを伴って渡航し、湯川さん解放のために尽力するはずだった。ただその後現地でガイドからの反対を振りきって別ガイドに案内を頼むも、裏切られて後藤さんもISILにその身柄を拘束されて人質にされてしまう。これが後に日本へと向けられた動画サイトに投稿された人質解放の条件である2億円の身代金を要求するという事件に発展した。

だが結果は交渉決裂となり、両名とも殺害されてしまったという最悪の結末を辿ってしまう。これはいうなればISは敵だと認識するには打って付けの材料と言えますが、日本にはかつて同様に人質が殺害されてしまうケースがあったことを覚えているだろうか。

イラク戦争時にも

かつて日本が戦争をしないという憲法を無視して参戦していることに、テロ組織は矛盾を孕んだ国として敵と見なしていた。後方支援とはいえ自衛隊を撤退させるため、イラクにて観光旅行とばかりに訪れていた日本人学生を拉致、日本へとメッセージを送る。それらの要求を政府は断固として認める訳にはいかないとして拒否したことで、学生は殺害されてイラクの都市郊外にその遺体は放置されていたという。

自己責任という枷

人質が捕まえられたというニュースを聞いて同情的になる人もいたでしょう、中には自業自得だから捕まって殺されてもしょうがないと淡々と述べる人もいるはずだ。筆者はどちらかと言えば後者よりではあるが、捕まって無事に助かる見込みは限りなく0だろうとニュースを見ている時から薄々思っていた。無論助かる事を喜ぶべきことなのでしょうが、そもそも情勢不安が公に言われている場所へ入るということの恐ろしさが何を意味しているのか、理解できない年齢の人たちばかりではない。

それこそ学生にしても湯川氏にしても、ただ『戦場を見たい』という動機で動かされて散歩にでも行くようなところではありません。おそらくは自分たちは日本人だから捕まることはない、捕まっても人畜無害だから無視されるだろうと楽観視していたのではないか。そんなこと関係がない、戦地で不審な人間を見れば迷わず銃口を向けるのが鉄則だ。

日本人だから安全、という法則は

かつては外国で日本人が事件に巻き込まれても、外交上の問題点などから危険はないと考えられていた時代もあります。事実、今でもそうだと思っている人は多いはず。ですが個人的に言わせてもらえば、イラクやシリアといった中東地域からほど近いような場所であったら、もはや巻き込まれたら殺されてしまうということを前提にして考えるべきでしょう。『日本人だ、だから殺さないでくれ』などといっても説得力もなければ、命乞いにもなりません。

巻き込まれることはないから安心して海外へ、なんて法則がいつからあったのだろう。それを痛感させられる事件も実際に起こった。