イラク戦争とは何だったのか

この争いを観察・検証し続ける英国

この争いを観察・検証し続ける英国

イギリスが行っているある点

アメリカの行いに対してだけをイラク戦争で問題に挙げるのではなく、同等にアメリカと変わらぬ咎を背負っている国がもう一つあります。アメリカの次に軍事派遣を行っていたイギリスだ。現在は本格的にEU脱退を宣言され、更には国内でも一度は否決されたスコットランド独立騒動を蒸し返されるといった問題が噴出している、中世における産業革命が巻き起こった世界の中心点だった国で起こっている1つの提言があります。

イラク戦争が起こった当時、首相を務めていた人物に対する批判が相次いでいるという。2016年現在で見れば、イラク戦争を起こして何かが代わったかといえば、はっきりいってNOだ。それこそ以前よりも更に情勢が悪化し、今や秩序というものを求めることすら難しくなっているほどにまで治安の悪化が嘆かれている。地元の人達に言わせたら、アメリカにしてもイギリスにしても敵意を向けるべき悪、そう見られていたでしょう。日本も軍事的な協力を実質的に行っていた事から脅迫を受けたりということもされていたため、内情が苛酷な方角を向いていたことはいうまでもない。

そんな中でイギリス国内では改めて、イラク戦争とは何だったのかを『検証する』動きが強くなっており、結果論だけで見ても首相たちが横暴と言わんばかりに行った政治的な面のせいで世界は混沌とした方向へと向いてしまっていると、そう告げるまでになっている。言ってしまえば戦争後から度々巻き起こっている様々な問題も、あの時戦争なんてしなければとすら思った人も少なくないのではないか。

そこまで単純ではないでしょうが、イギリス国内に対するイラク戦争を引き起こした功罪は拭えずに残り続けていると言えそうだ。

イラク戦争に加担したことで

イラク戦争を引き起こすことで、当時のイギリスとしてはアメリカとの協調路線を取りつつ世界経済を導いていこうとする思想を持っていたと見られている。しかしそうした算段も全て台無しになった原因としてあげるなら、やはり予定よりも戦争が長期化したことでしょう。当時は国民の決起による反乱を招いて早期に終結させると考えていたアメリカなどの思惑は見事に外れ、大統領の行方を逃しただけでなく、各地で抵抗勢力が続出するという状況に追い込まれていった。

一方で首謀者たるテロリストも行方知れず、かといって戦争もまだまだ終結したわけではない、そうした状況悪化はアメリカだけでなくイギリスにも影響を及ぼす。その一端として、イギリスにイラクを攻撃したとして行われた報復こそ2005年に発生した『ロンドン同時爆破事件』だ。この事件は地下鉄の三車両が同時爆発され、更にロンドン市内を走行するバスにも仕掛けられたことから大勢の民間人が負傷、死亡する最悪の事件となってしまいます。

事件の犯人たちは当然イラクの、もっと言ってしまえばイスラム教に関わる人間たちによる行動によるものだった。過激派勢力として知られていたわけではないにしても、アメリカと組んで自分たちを攻撃した、これだけでイギリスなどに恩情掛けるべからずと多くの信者に見せつけた、わけではなかった。

すぐさま見せた姿勢として

イギリスに対して思うところはあっても、イスラム教信者の有力団体はこの事についてすぐさま否定的な見解を見せた。暴力的な行動、それも軍ではなく最初から民間を狙った非道な悪逆を働くなど風上にも置けないと言わんばかりに糾弾します。それもそうだ、2005年はまだまだ戦争が集結する気配を見せること無く続いていた時代、そう安々と同門の事件を引き起こした犯人たちを擁護しようものなら、イラクだけでなくイスラム教に対してのイメージは悪化の粋に達してしまうのだ。

状況から見ても明らかにイラク戦争の余波として、自国でもテロ活動が起こるようになってしまったイギリス。初期こそアメリカと共に世界に根付く癌を取り除くために活動していこうと正義を翳していましたが、その後の経緯を見ると翻す様が逆に潔ささえ出ているのが皮肉すぎる。

2009年7月に撤退

アメリカとともに主力として軍人を派遣していたイギリスでしたが、国内から飛び交う反発などに後押しされてイラク戦争から完全に離脱したのは、2009年7月のこと。ちなみに日本はこれよりもおよそ半年前、2008年12月に完全撤退をしていた。主力として活躍していたのにアメリカをおいてもう自分たちには関係がない、そう言わんばかりの変化はやはりイラク戦争を起こしたという間違いを政府高官たちが認識していたからなのでしょう。

それを裏付けるようにして、後の情勢悪化に拍車がかかってしまったと断言さえ出来てしまうのではないか。

間違いだと

決定的とも言えるのが、イラク戦争時に政治に深く関係していた政治家達への詰問によって、ほとんどの高官たちが間違いだったと認める趣旨を発言する旨まで確認されているとのこと。なら引き起こさなければ良かったのにと言っても後の祭り、そう思えばイギリスもまたアメリカと同様に後へ続く代償を支払わされたといえそうだ。