イラク戦争とは何だったのか

イラク戦争の開幕

イラク戦争の開幕

戦争というものを間近にした瞬間

かつて世界は血と硝煙の臭い立ち上る戦場があちこちに存在していた。日本も例外ではない、戦地として外国人が上陸したということはないにしても、爆弾を落とされて全てを灰燼とさせられた時代は誰もが知るところです。ですがその時代を生きた人とそうでない人とでは戦争という、ただ人が殺し合いをしているだけの場所がどんなところなのか、知る由もない。筆者もその1人、いわゆる戦争を知らない若者と呼ばれている1人だ。そもそも高度経済成長期以後に生まれた人々からすれば戦争なんて他国の話でしかない、自分たちには関係がないと見るのが普通だったでしょう。それは間違いだというつもりもないが、日本が戦争に巻き込まれるという考えを持つのは違うことだけは認識していなければならない。

実際の戦地に赴く、などということをするのはただの自殺行為だ。本物が見てみたいと思う人もいるが、個人的な意見で言わせてもらえれば死にに行くようなものとしか見ていません。ですが戦争とは関係しようとしなかろうと、暴力を振るわれるように全くの無関係な人間を突如として被害者に染め上げてしまう。加害者の圧倒的な、そしてただ目の前にいたから殺していけば良いという理由だけで殺される無抵抗の人々。それを狂気と、世界がイカれていると称さなくてなんとするか。

また特定の国に対して宣戦布告を行うがてら、大規模なテロ作戦により大勢の命が失われたことがきっかけとなって戦争へと発展するケースもある。現代史においてそれが起こったのが2003年のこと、アメリカとイラク、この二国の争いで巻き起こった『イラク戦争』という忘れることのない出来事が思い出されます。

前史として

イラク戦争の構図としては世界各国それぞれの思惑が含まれていますが、現実に多くの戦場では米軍対イラク軍という地獄絵図が展開されていた。日本も当時の首相の意向により協力する形を取ることになりましたが、それは日本の憲法そのものを揺るがしかねないとして大問題に発展したことも引き合いに出されます。今では現首相主導により、いざというときは戦争が出来るようにと改憲する気も高まっている点を含めても世界情勢による影響は少なからずある、そう見て問題ないはずだ。

そうした諸々の問題を10数年後まで響かせたと言っても良いイラク戦争、そもそも発端となったのは何だったのでしょうか。調べていくと、アメリカとイラクとの間にある遺恨は1991年から生まれていた。最もそれ以前からイラクはアメリカという国に対して良い感情を持ち合わせていかったかもしれませんが、とりあえずの平和はその頃に約束されたと同時に不信感が募る結末をもたらしてしまいます。均衡、とは言いがたい状況ではあったものの緊縮しながらも1998年頃まで目立った動きはどちらもありませんでした。ただそれ以降からイラクは度重なるアメリカ、さらに追従するようにイギリスまでが参戦するようになると、一転して強硬な姿勢を見せていきます。

それからというもののイラクの頑なな姿勢にアメリカを主導とした経済制裁を受ける羽目になってしまった。国情が苦しくなる中でもイラクの強硬な姿勢はアメリカを始めとした国々に不信感をもたらします。ですがそれはイラクも同じで、遂に2001年9月にて起こったアメリカ史における事件が巻き起こってしまった。

同時多発テロ事件

2001年9月11日、この日はアメリカ人にとっても、世界中の戦争があったという史実を知りながらを現実で目視したことがなかった人々に衝撃を与えた。少なくとも筆者はこの事件を見たことで、戦争がとても身近にあるものだと自覚出来たと同時に、そうした裏側を見ようとも思うようにもなったものです。

事件当時、高校生だった筆者は朝のニュースで当時の世界貿易センタービルが崩落する映像を見た時ほど、戦慄したことはない。あれは実物で見た人はもちろんだが、映像として記憶に焼き付けられた人は多いはずだ。この事件により、ニューヨーク市では死者2,700人以上という最悪の事件に発達。それまで湾岸戦争などがアメリカ国民にとって忘れてはならない事件だったものを、上塗りされた。そしてこの事件が後に続く世界中の確執をより悪化させるものになってしまったと言えるでしょう。

不幸な事故と単純に切り捨ててはいけない問題が起こり、これらの事件を引き起こしたとされるテロリストがイラクはアフガニスタンに犯行後潜伏したとして、ここから更に話がこじれていくのだった。

断罪、そして

アメリカとしては当然、テロを起こした犯人たちの身柄引き渡しを要求するも、証拠不十分を理由にして引き渡しを拒否されてしまった。アメリカという超大国としての意地とプライドもあってか、その後続けざまにテロリストを匿い続けるイラク周辺の国々を絶対悪として祭りあげていきます。

こうした報道が相次いでいきアメリカだけでなく、世界中で『イラク=悪』という偏見が芽生えていった。それも今となっては真実だったのか誰も知るところではありませんが、そうこうしている内に軋轢は生まれ続けていく。21世紀に突入して紛争こそあったものの目に見えた戦争という大規模な戦闘が繰り広げられていなかった時代に、初めて到来した。

それが2003年に開幕したイラク戦争となる。

開戦理由として

さて、ここでイラク戦争がどうして引き起こされたのか、アメリカが公式で回答した開戦理由としては次のような点が挙げられます。

イラク大統領がテロリストと協力関係にある

保持しているとみられる大量破壊兵器が存在している

国連による査察妨害により、安保理決議案を破っている

独裁者によって差別を始めとした圧政がとり行われている。

これらを大義名分としてアメリカは世界を主導し、イラクへと本格的に侵攻作戦を展開、イラク側もそれに応じるように戦争へと発達した。目的は首謀者であるテロリストの拿捕でしたが、それだけではすまないことはなんとなく遠目から見ても分かった。

あまり詳しく内情を語るつもりはないが、こうしてアメリカはイラクへの戦争を仕掛けるという算段をまとめることに成功し、作戦は展開していった。遠くの地で行われている戦争、当時学生で友達と電車に乗りながら開戦の狼煙があがったことを知ったとき、他人事でしかないと自覚させられたものです。